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2008/05/29//Thu * 22:23
■「あなたの親はどんな人?」

こんにちは!トラックバックテーマ担当本田です。今日のテーマは「ブログ書籍化記念プレゼント付!あなたの親はどんな人?」です。なんと、FC2ブログで大人気運営中の「反面教師的生活図鑑」が、本になりました!今日はこの書籍化を記念して、本日のトラバテーマに答えていただいた方の中から、20名の方に、ブログが書籍化した、「反面教師的育児...
FC2 トラックバックテーマ:「ブログ書籍化記念プレゼント付!あなたの親はどんな人?」



先週「なかなか実家の親に電話ができない」と書いたわけですがー

http://uchica.blog122.fc2.com/blog-entry-1195.html

はっはっはっ 未だに電話ができません。

今日のトラックバックのテーマということなので
グッドタイミングってかんじで便乗して書きますが
支離滅裂なのでここからは読みたい方だけどーぞ。

ひっじょーに長いですので
トイレに先に行くか
お茶とスナック菓子でもご用意することをオススメいたします。

ではどーぞ。


実家には電話するしないに関わらず
親からは毎日メールが送られてきます。
それに加えて2、3日毎にFAXも送られてきます。
そしてそれに加えて数日間電話しないと電話攻めに遭います。

元々親には複雑な感情を抱いているのですが
そんなことはおくびにも出さずに(この理由は後で書きます)
何事もないように楽しく会話を進めていくことが日々辛くなってきて
偶然家にいて電話がかかってきても
つい電話には出ずに留守電作動を待つって状態なのです。

最近はメールを送ることすらおっくうになってしまい
何の連絡もしないまま1週間2週間経つと
メール攻め・FAX攻めが更にひどくなります。
FAXなんかは未発表小説が送られてきたかと思うような長さです。

こちらからの「私は元気です!」程度のメールだけでは絶対に満足しない親なので
最終的にはバンジージャンプで崖から飛び降りるぐらいの決心をして電話かけるのですが
かける直前に栄養ドリンクでも飲まないと
会話中にぶっ倒れるかひきつけを起こしそうになってしまいます。(ホントですってば)

何故こんなことになってしまったのかと言いますと
メールにしろFAXにしろ電話にしろ
親から届くものは「皆、元気ですか?最近こんなことがありました♪」的内容ではなく
「人生をどのように生きるか」的なことを淡々と説いてくる語ってくるわけです。
国際電話でたっぷり2時間以上はかけます。
他愛のない楽しい親子の会話が全くないのです。
まぁ、親ですからいろいろと心配なのはわかっているつもりですが
私ももう子供じゃないんです。

それに私だっていつもいつも親の考えに賛成ってわけではありません。
でも父親の荒い気性をよく理解しているので
なるべく「はいはい」と言って聞き分けの良い子を演じなければいけません。
自分の思う通りにならないと身近の人間に八つ当たりするからです。
昔は母と兄と私が八つ当たりの標的でしたが
今は兄も私も一緒に住んでいないので母だけです。
母に当り散らす姿を想像すると辛いので
自分が持つ親に対する感情・本心を少しも晒すことなく
「お父様の言うことはごもっともです」の態度を続けているのですが
私にも妥協できないこともあります。

例えば「犬」です。
「なぜ犬を飼ってはいけないのか」など長々と語られても困るわけです。
(自分は昔犬たくさん飼ってたんですよ)
これは父だけでなく母の考えでもあり
ニューヨークで初めて犬を飼い始めた時は大変でした。
「今すぐその犬をどっかにやってしまいなさい」という内容の超長文FAXが
毎日毎日送られてきました。
あっという間にインクがなくなりましたよ。笑
その時は兄の助けもあって親が折れてくれたかたちで終わったんですけど
親が初めて私のところに遊びに来た時実は2匹飼っていたんです。
面倒なので2匹目のことは予め触れてなかったんですが
2匹飼ってると知った時の親ったら…………。
即そこで親と大喧嘩。
どちらの犬もシェルターで処分寸前のところを保護した犬なんです。
それを言っても私の言うことなんか聞きません。
状況の把握ができず旦那さんは
泣いて目は真っ赤鼻水じゅるじゅるの私に「どうしたの?」
「…………犬2匹飼ってるから…………」
旦那さん「???それだけであんなにキレてるの?」

大人になった今よーく考えれば
物心付いた時から両親共々コントロールフリークみたいなところがあって……
例えば……ある程度の年齢になると好きなアイドルやミュージシャンができますよね。
うちは兄も私も洋楽しか聞かせてもらえなかったので
自然と海外のミュージシャンが好きになって
どこかから切り抜きとか集めると……翌日には全てきれいさっぱりゴミ箱行き……。
「○○○へ  余計なことにうつつを抜かしていけません」
そんなメモが引き出しに入っていた時は泣きました。
毎日毎日兄と私の机の引き出し、タンス、カバン、持ち物全て念入りにチェックです。
「刑務所だってここまで入念にしないんじゃないの?」ってかんじでした。

父親に関しては「短気」なんて簡単な言葉では表現できない性格で
常に父親の顔色を窺がいながら生活してました。
訳のわからないことで機嫌が豹変するからです。
そのせいか親と一緒にいる時に心の底から笑った楽しんだという記憶がないのです。
母親への暴力なんかもひどくて
今で言うところの「DV」でしたよね、あれは完全に。
私には2回だけ……
1回目は4歳ぐらいの時。
おもちゃをきちんと所定の箱に片付けられなくて(本人は片付けたつもりだった)
天井からロープで吊るされました。
4歳でもこういうことって覚えてるものですね。
そして2回目は何かで父親が私に文句を言ったんですが
その時小3の私でさえも父親の言ってることが絶対間違ってると思って
(今考えても父が絶対に間違ってます!笑)
歩き去っていく父親に向かってジロッと見返したら「何だその目はぁーーーーっ!?」
いきなり首根っこを鷲づかみ。
私を抱えたまま部屋の窓をガラリと開けて
そこから私を窓の外へ思いっきり投下!ヒューッ。
私、宙を舞いました。
幸いそこは1階で雪の積もった冬でしたけど。
でも兄に対してはひどかった。
兄が小学校2年ぐらいだったと思うんですけど
ご飯を食べていて食べていた物をテーブルの上にちょっとこぼしちゃったのです。
そうしたら「犬みたいに食うな!」と顔面をテーブルにグイグイと押し付けたり……。
後は6年生ぐらいの時に瀕死の野良の子猫を家に連れて来たんです。
「(うちで)飼えないけど可哀想で放っておけないから」と。
親に許可を得ずに勝手に連れてきたということに我慢ならず
それだけで兄は炎天下の物置に閉じ込められました。
「謝るまで出さない」という親。
「自分は絶対に悪くない」と謝らない兄。
近くに住む親戚のおじさんが物置をこじ開けて兄を外に連れ出しました。
これは氷山の一角です。

自分で言うのは変ですけど
兄も私も問題を起こすような子供ではなかったですが
兄なんかはベルトで叩かれるのは日常茶飯事。
時には会社で何かおもしろくないことがあったんでしょう
そんな日の夜はお酒を浴びて包丁まで持ち出してくる始末。
今でも覚えてますよ、兄に向かって包丁突きつけて
「おまえは死にたいのかー!?」って叫びまくってる父親の姿。
今の時代なら立派な児童虐待です。

この「暴力親父」に加えて
兄が中学3年の頃だったと思うんですが
「キャー ○○くーん☆ ○○先輩〜☆」みたいなかんじで女の子達から人気があり
英語教室の帰りとか女の子が兄の帰りを待ってるわけです。
そんな兄に「おまえに女は100年早い」とえらっそうなこと言っておきながら
自分は他に女がいて毎日朝帰りの「浮気親父」。
私が高校卒業する時にもまた繰り返して
この時は家にすら帰ってきませんでした。
私の記憶にあるだけでも4回ぐらいは浮気してましたね。
………まったくもって「他人に厳しく、自分には甘く」の典型的な例です。

母親は母親でそんな状況を毎日毎日子供の顔を見るたびに愚痴ってくるんですが
愚痴りたいのは私達子供なわけですよ。
いつの間にやらここで母親と子の役割が逆になったりして………。

高校卒業後は本当は家から出たくて地元以外の大学に進学したかった兄ですが
自分が家を出ると残った私が心配だからと家から通える地元の大学に進学。
(兄には足を向けて寝られません)
兄が大学卒業すると同時に私は日本脱出計画実行。
兄も後を追うように1年後に日本脱出。
小さい頃よく兄と「どっか遠くに行きたいね〜」と言ってたんですけど
ある意味その通りになりました。
兄は日本に帰っても実家には寄らず………。
私もそれにだんだん近くなってきてる状態。苦笑

が、しかーし!ここで大きな誤算が!
地球の反対側に住んでるというのに
未だ「親の影」が付いて回ってくるんですよ。
しかも同居してるかのような至近距離で!
物理的には遠く離れてるかもしれないけど
心が、魂が、精神が自由になっていないような気がします。
これは計算外だった………。
そんな自分をごまかすために
親と一緒に住んでた時にやりたかったことを
今思いっきりやって楽しんでますが
(好きなミュージシャンの切り抜きは集めてないけど。笑)
時々自由になれてないってことに気づくんですよね。
気分的にはこんなかんじかな………
ノーリードだと思って自由に走り回っていた犬が
ある日ふとテグスぐらい細くて長ーーーーーーいリードが
実は首の周りにくくられていたことに気づいた………。笑
結構辛いものがあります。

その点兄は自分の中で解決しているようで実に淡々としています。
精神的に弱いんでしょうかね、私は。
未だにうじうじしてしまいます。
普段は私の旦那さんをはじめ
兄と従姉(ニューヨークで一緒にパトカーに乗った、あの従姉)
それからうちの犬達や仕事で出会う人や高校生の子達
最後に「地球のみんなオラに力を貸してくれ」ってかんじでカラスのジェイクからまでも
力を貸してもらって頑張ってますが
ふとしたことで溶けかけのアイスクリームみたいに情けない状態になってしまいます。
「これも人生か」と諦めつつも
首に巻き付いているテグスを切るのに日々「自分」を持って頑張ってます。
空回りも多いですが
何もしないよりはいいですよね。

今朝送られてきた母親からのFAXの文面の抜粋。

「………………親の気持ちもわかってください」

これ読んで泣きそうになりましたね。

「………………それを言うなら子供の気持ちもわかって欲しかった」って。

………って、この話どこへ向かうんでしょうか。
とっくに支離滅裂ですが
これ以上悪化しないうちにやめときます。

ご清聴ありがとうございました!




■ 2008/05/30 05:50
UCHICAさん、
よくこれだけの気持ちをブログに
書いてくれましたね。。。
ワタシは本当にとても気持ちが分かりますよ
UCHICAさんの大切な気持ちです

いっぱいいっぱい泣いていいんですよ
どんなにかツライ気持ちを心の中に秘めて
がんばってこられたんだろうかとワタシは思います

これだけの気持ちを語ってくれたこと
これまでのがんばり、色んなこと
全てのことにワタシは涙と拍手を送りたいです

■ 2008/05/30 10:37
先を越されちゃいましたが、ホント「壮絶」な人生を
送らされてしまったんですね。

わたしはつくづく恵まれてるんだと思いました。

かつては反発していた親父ともメジャー巡りをするまでに
なりましたし、この夏もニューヨークに行きますし。

それにしてもお兄さんがいてくれてよかったですね。
わたしはそんな兄にはなれません。。。

母親はいいタイミングだったのかと思ってますが。
定年後一緒にいたかどうか微妙だったかと。

ところでご両親はまだ離婚されてないんですよね?
それも不思議なところ。。。

■ 2008/05/30 16:14
orengewoodさん

起承転結が全くない文章になってしまい
文才の無さを曝け出してしまいましたが
書き殴るだけでも少しはすっきりするかなと思いまして。苦笑

不思議と普段は「辛い〜」って考えながら生きてはいないんですよねぇ。
自分の感情を押し殺すことを強いられてきたせいか
その辺の感覚が微妙に麻痺してるのかもしれません。
でもふとした瞬間に「うわっ!」みたいなかんじで
振った炭酸ソーダの缶を開けた時みたいに噴出してくるんです。

私とは比べ物にならないぐらい辛い目に遭われてきた方々が
世の中にはたくさんいらっしゃると思うので
悲劇のヒロインを演じるつもりは毛頭はないんですが
辛くなる時は「自分だけがこんなに辛い思いをしてる」と思っちゃうんですよねぇ。
だから自殺は考えたことないですが
気持ちわからなくもないです。

たぶん一生傷は癒えないと思いますが
痛みを知ってるからこそ出来ることもあるんじゃないかなと日々生きてます。
試行錯誤ですけどね。汗

■ 2008/05/30 16:14
樹里亜さん

「子供は親を選んで生まれてきた」なんて聞いたことがありますが
「いや、それは絶対にありえないっ!(力説)」です。笑

お父様と2人で旅行ができるなんて本当に素晴らしいですよ!
私の家に両親が遊びに来た数年前
ニューヨークにも足を運んだんですが
宿泊先のホテルの部屋で
父親が私が持っていた爪切りを貸してくれというので貸したら
「こんな切れないモノ(自分に)使わせるんじゃない!」と
私に投げつけてきましたよ。苦笑
物を投げつけるのが得意な父親のおかげで
避ける瞬発力は凄い私です。笑
本当は自分の老眼鏡を日本に忘れてきたから切れないだけなのに。
その後、父親はニューヨークのホテルでビール浴びて不貞寝。
どーしようもないですよね。
こんな状態だから旅行なんて死んでも行けません。
もう十分あるのに嫌な思い出がまた1つ増えるだけですもん。

父親はいつもあんな調子でしたし
母も頼りにならない状態で
子供達の学校の成績と持ち物検査(笑)にしか興味が無かったので
家に1人でいるのが怖くて怖くて……。
小学校の頃はクラスの友達とは家で宿題が終わった後
1時間ほどしか遊ばせてもらえなかったんですが
(1時間じゃ何にもできませんって。笑)
兄と一緒だったら外で遊べる時間を少し長くしてもらえたので
兄と兄の友達と遊ぶ方が多かったです。
たったの2歳しか年は離れてないんですけど
一緒にいると安心する父親みたいな存在だったのと同時に
一緒に闘う同志のようなかんじでしたねぇ。
今でもそんなかんじですけど。苦笑
1人だったら絶対に私は壊れてましたね。

子供の頃は私達がまだ子供なので離婚しないんだと思ってたんですが
2人共自立して10年以上経ってるのに
まだ一緒にいる母の心境がよくわかりません。
1度率直に訊いてみたいとも思ってるのですけど
母親だけに連絡する手段がないので
不思議に思ったままズルズルと月日だけが流れてしまいました。

■ 2008/05/31 07:06
UCHICAさん、こんばんは!
親とのバトルというか確執は、血縁だけに本当に大変ですよね〜。
うちは父親が数年前に他界したんですが、この父親が気難しく本当に大変な人で小さい頃からいろんな思いできたものなので、亡くなった今でも正直愛しく思い出せないくらいです。(鬼か私?と時々思いますが)
「この人といっしょだと、私の人生ゆがむぞ」と思い、家を出るべく必死に受験勉強し京都で進学し、そのまま大阪で就職して今に至っています。
父親がいる頃は帰省するのが本当に嫌だったけど、母親のことを思い1〜2日だけ顔を見せるような感じでしたよ。
それでも亡くなった今になって感じるのは、親も一人の欠点だらけの人間なわけで、例え子供でも受け入れられなくても仕方なかったんだということですかね〜。
高校の時に、自分から歩み寄ろうかと夏のアルバイトでためたお金で寿司屋に食事に招待したんですけど、そこに別の女性を連れて来られた時には「あ、この人とはどうやっても分かりあえない」と達観したのを鮮明に覚えていますよ。
親と言えども人間同士、仕方ないです!
旦那様、お兄さん、理解してくれる方々にどんどん頼ってオッケーだと思いますよ。
(思わず長いコメントですみません)

■ 2008/05/31 11:57
ホントに本が一冊書けるくらいの「人生」ですね。

まあそれがよかったのか悪かったのか。
でも今のUCHICAさんを「見ている」と
反面教師じゃないですがいい方向に向かったと思いますよ。

わたしも今は離れているから、たまに会ったときに
いい関係を保ててるだけかも、ですし。

うちの妹もいろいろあったんですが、その話は後日。

■ 2008/05/31 14:24
tu-lalaさん

tu-lalaさんもいろいろ苦労されてきたんですね。
本当に他人だったらこんなに醜くならないんでしょうけど
血を分けた「親」ゆえに心境が複雑になってしまいますね。

今は両親2人共元気ですけど
tu-lalaさんの「愛しく思い出せない」という気持ちすっごくわかります。
鬼でも何でもないですよ!(そう思う私は鬼か?)

私は兄の影響で日本脱出計画を練り始めたのが中1ぐらいの頃なんですが
家を出ることだけが生きがいで頑張ってきたところがあります。
確固たる目標があると人間頑張れるもんですね。

自分が大人になって思いますが
「親」である前に「人間」だったんだなと実感します。
頭ではわかってるつもりなんですけど
今1番我慢ならないのが
私達が子供の頃にあれだけ鬼畜なことを両親共々しておきながら
今になって「私達はあなたの親だから」と「親」という言葉を振りかざすことと
時々お涙頂戴セリフをメールやFAXで送ってくること。
私達がどれだけ親に温かい愛情を求めていたか
どれだけ心で泣いていたのか未だに気づいてないですね、あれは。

どちらかというと何でもまず自分1人で解決しようと思ってしまうタイプなんですが
やっぱり1人では限界を感じることがあるんですよね〜
長文FAXが届いた時は時々読まずにテーブルの上に放っておくと
旦那さんが「うわっ また来た!」って苦笑いするので
そんな時は思いっ切り愚痴らせてもらってます。

■ 2008/05/31 14:28
樹里亜さん

まぁ、今は自分のやりたいことが見えてきたので落ち着きましたが
アメリカに来たばかりの頃は「家からやっと出れた」という目標が叶ってしまって
せっかくこれからいろいろと自由にやれるって時に
一気に「空っぽ」になってしまい
その反動であまり褒められたことではないこともした経験があります。汗
それはまた今度じっくり書きますね。

付かず離れずの関係が1番いいのかもしれませんね。
うちは「離れっぱなし」になっちゃってますが。


■ 2008/06/01 23:48
とっても辛いご幼少期を送られてきたのですね。今からでも遅くないです。ここは貴女のブログ、書いて、書いて、書きまくりましょうよ。それだけでもセラピーになります。かく言う私もTV禁止だったので、ピンクレディー(年がバレますね)の歌を、振り付けで踊ってるクラスの子達が羨ましかった。カールスモーキー石井に似てると言われても石井さんをUCHICAさんのお兄さんが知らなかったように、私は『おニャン子』の新田恵里似と言われるのに、誰か知りませんでした。すみません自分の愚痴になってしまって‥不幸中の幸いは、優しいお兄さんがいらっしゃることですね。これからも仲良く支えあってがんばってください。

■ 2008/06/02 18:11
取り留めのない長文なのに読んで頂いて恐縮です。

私も友達の会話には見事についていけなかったですねぇ。
でも不思議とクラスで除け者にされたとか苛めにあったとか
学校では辛い思いをしたことが一切ないんです。
むしろ友達関係はとても充実していたので
その点はすごく恵まれていたと思います。
ありがたいですね。

それと本当に兄の存在は大きいです。
今でこそ常におんぶにだっこ状態ではなくなりましたけど
中1の時に将来は海外に住もうと決心したのも兄のおかげですし
(これについては後日書きます)
親の機嫌が悪い時にご飯を食べれたのも兄のおかげ。
(これについても後日書きますね)
1つ1つあげていたらキリがないんですが
「何かあったら何時でもいいから電話して」という言葉に甘えて
頭を掻き毟るぐらい辛くなったら電話してます。
1度時差を考えずに電話したら向こうは真夜中の3時だったことが。汗
いつも最後は馬鹿話で笑っておしまい。
これもありがたいことですよね。

ところで私は誰かに似てると言われたことがないんですが
言われる方の気分はどうなんでしょう?
兄に関しては私は「そう言われれば似てる……よね」と当時思いましたが
本人は後に写真か何かを見せてもらったらしく完全否定してましたけど。


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